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暖かかった。 心の奥から、暖かいと思えた。 嘗ての時代で守れなかった人。 目の前でその命を終えた人。 彼に殺された、僕の最初の主。 その人が目の前で微笑んでいた。 あの頃と変わらぬ優しい少女。 その笑顔を見るだけで、僕も自然と笑顔になれた。 あの頃失ってしまった大切な物が、全てここにはある。 なんて幸せなのだろう。 キラキラと、辺りの景色まで輝いてみえる。 もう二度と手に入るはずのないものだった。 あの時代では、そうだった。 この名前も全て、世界に捧げ生きていた。 その事のほうが今は夢のようだった。 この暖かさを忘れ、氷のように冷めた生。 生きながら死んでいた。 でも今は違う。 主を生かすため、自分は生きなければならない。 主の幸せのため、自分も幸せにならなければいけない。 あの頃感じていた衝動は、何時の頃からか感じなくなった。 そう、全ては・・・ 「・・・あれ?」 スザクは視線を隣りに座るユーフェミアから外し、遠くを見つめて眉を寄せた。 「どうしたんですか、スザク」 ベンチで並んで座っていたユーフェミアが首を傾げ、スザクが見ている方へ視線を向けた。視線の先、少し離れた場所にはテーブルと椅子が置かれており、コーネリアとクロヴィスが紅茶を飲み何やら話をしているのが見えた。 なにか気になることがあるのだろうか。 スザクは慌てたように立ち上がり、二人の方へ向かって駈け出していた。 「スザク、どうしたのですか?」 ユーフェミアが声をかけると、足を止めたスザクは冷静さを欠いた表情で振り返りこちらを見た。だが、二人の場所が気になるらしく、すぐにそちらに再び視線を向ける。何かあったのかしら?と、ユーフェミアも立ち上ったので、「ごめん、ユフィ」といった後、再び走りだした。 駆けて来る足音が聞こえ、コーネリアとクロヴィスは視線を向けた。そこにはこちらに駆け寄ってくるスザクと、ゆっくりと歩いてくるユーフェミアの姿が見えた。 白を基調とした騎士服を着ているスザクは、あの頃の、ユーフェミアの騎士だった頃を思い起こさせる。そんなスザクとユーフェミアが今再び共にいるのだ。懐かしいなと、コーネリアは思わず目を細めた。 スザクは15歳。あの時代で騎士となったのは今から2年後だが、あの時代では28歳になっているのだ。あの頃の年齢も足すなら年齢的にも問題はない。 何より今のスザクならば十分騎士となる資格はある。 一人の皇女と二人の皇帝に仕えた騎士など、後にも先にもこの男だけなのだから。 「コーネリア様、クロヴィス様、ルルーシュは!?」 予想通り、焦りと困惑に歪んだ顔で尋ねてきた。 スザクはすぐにルルーシュが使っていた車椅子に気づき、その大きな目をますます大きく見開いた。 この車椅子とルルーシュはセットでなければいけない。 歩けない彼の足なのだから。 それなのに、彼はここにいない。 「な、何で車椅子だけ?ルルーシュは何処ですか!何かあったんですか!?」 顔を青ざめ、辺りをキョロキョロと見回したスザクに、さてどう説明するべきだろうと、二人は眉を寄せた。 「私はな、クロヴィス。ルルーシュの考えは甘いと思うのだ」 「甘い、ですか」 ルルーシュ、という名前が出たことで、スザクはコーネリアの言葉に意識を向けた。 「そう、甘い」 「何の話ですかコーネリア様、それよりルルーシュは!?」 「スザク?落ち着きなさい、何を慌てているのですか?」 ようやく辿り着いたユーフェミアは不安げに眉を寄せ、スザクを落ち着かせようとしたが、スザクの顔色は悪くなる一方で、ユーフェミアの声は聞こえていないようだった。 「枢木、知っていたか?ルルーシュは2年前から立つことが出来たそうだ。今では走れるまでになったとか」 「・・・え?な、聞いてませんよ!?じゃあ、自分の足で動けるんですか!?」 知らないと、まるで迷子の子供のような表情でスザクは首を横に振った。 今だってこの場所に連れてきたのはスザクだ。 ルルーシュはいつも通り車椅子に座り、スザクが押してきたのだ。 ・・・2年前。 そういえばその頃だ。 それまでは何かあったら困ると一緒のベッドで眠っていたのに、目も見えるし、手も動く。今日から一人で休みたいと文句を言い出し、スザクは寝室を追い出された。 いや、それだけではない。 彼の部屋に自由に立ち入ることもできなくなった。 それが出来るのはただ一人、C.C.だけ。 ・・・リハビリをする姿を見られたくなかったから、ということか。 僕が抱き上げて運ぼうとすると、全身の毛を逆立てるように拒んでいたのは、足に筋肉がついてきていることを気づかせないためだったのか。 僕は28歳まであの時代にいた。 ルルーシュは18歳だった。 自分のほうが大人なのだし、思春期のルルーシュを下手に刺激するのも悪いかと、少しの間我慢しようと遠慮したのが間違いだった。 この時代に来て少しは素直になったと思ったのに、彼はこんな形で自分に嘘をつき続けていたのだ。結局、君は嘘ばかりなのか。君は僕に平気で嘘を吐く。 ざわりと心が騒いだ。 「顔を含め、全ての傷が消えた。もうあの子の体には何も問題はないようだな」 ざわざわと焦燥感だけが募っていく。 あの酷かった傷も、もう残っていない? 目、手、足、傷。 ルルーシュを縛っていた枷が全て外れていた。 それは、彼が自由に行動できるということ。 今まで以上に、自由に。 「あの子はジェレミアをクロヴィスに返したよ。そして枢木、お前を再びユフィの騎士にと言っていた」 「・・・え?」 スザクは呆然と呟いた。 僕を、ユフィの騎士に? 何を言っているんだ。 だって、僕は。 驚きで固まっていると、ユーフェミアは、そうでした。と笑顔で言った。 「今はまだ私の騎士ではありませんでした。スザク、叙任式はいつがいいかしら?」 スザクはのろのろとした動作で、ニコニコ笑顔のユーフェミアを見た。 そう、彼女の中では、スザクはずっと自分の騎士だったのだ。 自分は彼女の騎士だった。 それを忘れていたわけではない。 だけど。 「やっぱり以前と同じ日がいいかしら?」 ニコニコと、明るい笑顔で楽しげに話される言葉に、僕は頭を振った。 「ですが、僕はルルーシュの」 「確かに枢木は皇帝となったルルーシュの唯一の騎士となったが、あれは契約上の、演技なのだろう?父上の時は日本を取り戻すためだ。お前が主としていたのはユーフェミアただ一人だと、皆知っているから安心するといい」 スザクの言葉を遮り、コーネリアはすっと目を細めそう告げた。 |